オランダに赴任して最初の感動は、いてつく冬夜に浮かぶブリュッセルのグランパルスでした。ビクトル・ユゴーが「世界で最も美しい広場」と称賛したこの一角は、ライトアップされた白い市庁舎を筆頭に、歴史の趣と文化の重厚さを十分に感じさせてくれるものです。
ブリュッセル 市庁舎 |
このグランパルスの市庁舎は、ブルゴーニュ公国の最後の王とされる、シャルル突進公によりその礎が築かれたとされています。15世紀当時、ブルゴーニュ公国は、ブルージュやアントワープなど、欧州で最も繁栄する都市を傘下に収め、金羊毛騎士団と呼ばれる騎士団を率いて、欧州最強、最盛を極めたようです。
さて、そのブルゴーニュ公国。シャルル突進公がスイスの槍兵集団に敗れた後、事実上崩壊してしまいます。その後、ベルギーの地は、スペイン、ドイツの占領など、大きな戦争の舞台となり、歴史に蹂躙(じゅうりん)されます。その独立は1830年。ナポレオン戦争後に造られたオランダ連合王国からの独立となります。多くの悲惨な戦場になったことから、平和への希求心も高く、EU本部がその首都ブリュッセルに設置されていることも象徴的です。
そのベルギーが、分裂の危機にある。
半分冗談のようで、事実にもなりかねない事態に、欧州の関心が集まっています。
ことは、昨年12月のベルギーのフランス語放送RTBFの臨時ニュースから始まったのかもしれません。
「フランダース議会は独立を宣言しました。ベルギー国は消滅したことになります」
通常番組に割り入ったニュースと、言語境界線でのバリケード封鎖の映像に、他国のマスコミも騒然としたようです。最終的には、ジョークであったと、話は終わるのですが、「まさか」と思わせ危機があるが故の番組企画と思わせます。
そのベルギーの"今の危機"は、この6月10日の総選挙以来、連立政権を組閣できない政治状況にあります。
オランダもベルギーと同じベネルクスの小国ですが、かなり国内事情は違うようです。ベルギーは、オランダ(フラマン)語を話す北のフランドル地区と、フランス語(およびワロン語)を話すワロン地区に分かれます。新聞もテレビも、それぞれ2チャンネル有し、国会の議論や政治家の演説も多言語にて2回行われるとのことです。
経済的な格差も問題です。昔は、南のリエージェなどが鉄鋼都市として栄えていたようですが、その後施設の老朽化とともに廃れ、現在は、北のアントワープの石油化学工業などの比重が大きいようです。それゆえ、栄える北に対し、不況の南との構図を持ち、先のニュースの際には、ワロン地区の国民は、分裂後のワロン地区の財政悪化から、個々の年金財源を最も心配したと聞きます。
言語が国内の南北で異なることは想像が及ばないほど深刻な問題のようです。実際問題として、不景気な南の労働者はフランス語しか話せないため、北のオランダ語系の会社に就職することも移住することも難しいことになり、交流も意思疎通もままならないことになります。これは、南の失業率が高止まりする一因となっているようです。今回の連立政権の困難さも、北の第一党が提案する北部経済の促進について、南の政党が合意を拒んだことにあるようです。
ところで、欧州全域を見渡すと、分離独立の話はベルギーだけではありません。イギリスのスコットランドやイタリアの北部でも同様の独立の気運があるようです。欧州連合EUとしてのさらなる統合がすすみ、国家の比重や役割が変化する中で、従前の国家の存在意義や機能が新たに見直しをされることも必然的な流れなのかもしれません。
ベルギーは、それまでの国内の対立から、すでに1993年に連邦制に移行しており、この時点で別居状態であったのかもしれない、との感想を持ちます。このまま離婚の危機に陥る、とまでは思いませんが、小便小僧や小便少女(以外にご存じでないかも?)が路頭に迷わないことを祈ります。
ブリュッセル 凱旋門 |


(いけうち きよのぶ)
新日本アーンスト アンド ヤング税理士法人 税理士
歴史、芸術と酒をこよなく愛し、欧州各都市に神出鬼没する吟遊詩人。
オランダから欧州各国の駐在員と連携して、生の情報を発信します。

- 分裂する欧州:ベルギー(2007.10.24)
- オランダ減税法案裏話(2007.10.04)
- 欧州の夏休み(2007.09.05)




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