前回のブログ(IFRS前夜:今、経営者は何を考えるべきなのか)でも取り上げましたが、IFRSの強制適用が迫っている(現時点ではまだ確定ではありませんが)ということで、最近書籍や雑誌でもIFRS関連のものがはんらんしており、さながら「IFRSブーム」という様相を呈しています。
そんな中、私も先日、日本経団連の「エグゼクティブ会計戦略セミナー」で、「IFRSについて、経営者の皆さんに伝えるべきことは何か」ということをテーマに講演を行ってきました。
そこで今回は、このセミナーで説明した内容の紹介とともに、IFRSの本質と、経営者としてIFRSに対してどのような対応を取るべきなのかを、あらためて考えてみたいと思います。
IFRSの本質:マネジメント会計からインベストメント会計へ
まず、前回のブログにも書いたとおり、IFRSの適用によって、経営と会計は分離し、会計は市場ニーズの側にさらに大きくかじを取ることになります。すなわち、IFRSは金融マーケットにおける投資家への情報提供ツール(インベストメント会計)であり、従来の財政状況と経営成績を示すマネジメントのための会計とは、そもそも「基本的な考え方」がまったく違います。より具体的に言えば、当期純利益ではなく純資産の額や営業利益を重視する考え方や、収益の認識基準など、IFRSにはデューデリジェンス会計の考え方が、大変色濃く出ています。
このように、投資家のためのインベストメント会計であり、さらに言えばデューデリジェンス会計であるというのが、IFRSの本質について、私がたどりついた結論です。
冒頭にも書きましたとおり、昨今、IFRS関係の記事がちまたにあふれ、書籍も大いに売れているという話をよく聞きますが、こういった話を聞くと、私は大きな危機感を抱きます。なぜなら、記事や書籍の多くがいわゆる個別の論点(包括利益や、収益認識基準の変化等)について騒ぎ立て、いたずらに会社の皆さんの危機意識を煽(あお)るものにすぎないからです。それに対して、インベストメント会計であるというIFRSの本質をしっかりと理解しておけば、現行の日本基準との個別の処理の相違も、いとも容易に理解できますし、その上で会社としてどのような対応を取るべきなのかも冷静に考えることができます。IFRSを理解するに当たって、「デューデリジェンス会計」(デューデリ会計)という言葉は「魔法の言葉」に成り得ると思います。目の前の霧が晴れるような感覚・・・これを感じとっていただけないでしょうか。とにかく本質議論をもっとしていきましょう。
経営者としてあるべきIFRSへの対応
このように、IFRSへの移行はマネジメント会計からインベストメント会計への移行であり、会計の基本的な考え方そのものの変革をもたらすものです。では、経営者としては、今後どのようにIFRSへの対応を考えるべきでしょうか?
ポイントはインベストメント会計であるIFRS(投資家目線会計)を使ったマネジメントというものが、果たして可能なのか否かを経営者の視点で検証することから始めるべきです。この投資家目線の会計というものは経営者の意識改革や経営遂行上の緊張感という意味では非常に重要ですが、会社の内部経営管理(マネジメント)の中に組み込んでいくことは非常に厄介であると私は思います。多くの経営者が直感的に感じている「IFRSが企業のオペレーションの管理としては使えないのではないか」という疑問はまったく的を射たものであると思います。
もともとIFRSはその目的を投資家への財務報告というもの一本に絞っています。よって、経営管理の視点は基から考慮されていません。経営の考え方や経営手法をグローバル標準に統一するなどという壮大なことは初めから想定されていません。唯一、投資家向けレポートのスタイルや考え方をグローバルで統一していこうという試みにすぎないわけです。その煽りを一身に受けるのが、企業の経営管理そのものということになるわけです。つまり、IFRSの適用によって経営と会計が乖離(かいり)せざるを得ない基本構造にあるということです。よって、経営者はぜひ、IFRSのこの本質を理解した上で、個々の論点については、企業の経営実態に沿った納得性という観点から吟味していただきたいと思います。
当然のことですが、経営管理上納得できないからといって、IFRSの中の個別ルールを適用しないというわけにはいきません。しかし、経営管理上の納得レベルによって企業の対応策もレベルが異なる可能性があるということです。会社における経営管理の考え方とIFRSという会計ルールを比較した上で、IFRSの経営管理への取り込みの方法を具体的に落としこんでいく必要があるのです。
会計の日本基準とIFRSを比較することも大事ですが、実はもっと大事なことは、自社の経営スタンスとIFRSの思考する考え方の相違点をつかむことなのです。IFRSによって経営がかく乱される可能性があるとはそういうことなのです。
ところで、これだけは誤解しないでください。「わが社の経営スタイルに合致していないIFRSのこの点の取り扱いについては納得レベルが低いので、会計の対応としても軽い対応でいきたい、つまり弥縫(びほう)策でしのぎたい。」ということを是としているわけではありません。当然のことながら、金融マーケットの中でプレーする者としてのおきては破るわけにはいきません。財務報告の数値の適正性を保持する責任は依然重く横たわっているわけで、財務数値の信頼レベルを一定以上に保つ責任は従来と何ら変化はありません。ディスクローズ制度の基本構造を変えるわけではありませんから当然です。適用する会計基準が変わるだけです。金融マーケットのプレーヤーとしての素養を保つことをおろそかにしては決してなりません。
IFRS時代を迎えるに当たっての会計士の志
マネジメント会計からインベストメント会計に移行した後の会計士の役割と会計監査での会計士の関与先会社とのかかわりについて考えてみます。実は、会計士は非常にピンチに立たされるのではないかという危惧(きぐ)があります。なぜなら、経営者に役立つことも目的としていた従来の企業会計から、マーケットに軸足を移したIFRSという投資家目線会計に移るということは、会計が経営から遠ざかることにもなりかねませんから。「わが社の経営管理や経営マインドに合致しないIFRSは、単なる投資家への財務報告ルールであると位置付けて、それなりの対応をしていきたい。」と宣言する会社が多く出てきてしまうのではないかとも思うからです。
ここでまた誤解しないでほしいのですが、「それなりの対応」とは、いい加減な対応と言っているのではなくて、経営管理と連動させないで、外部報告という目的適合的かつ限定的に対応していくということです。もちろん、ディスクローズ上の重い責任を背負っているわけですから、数値の信頼水準は一定以上に保った上での話です。
そのような宣言をした会社で生じてしまうであろうIFRSと企業経営の距離感がそのまま、会社と会計士の距離感になってしまうのではないかという危惧です。会社における経営管理の考え方と一線を画すこととなるIFRSの関係とまったく同様に、IFRSで作成した財務報告レポートの会計監査までもが関与先の経営と一線を画したものになってしまうのではないかという心配なのです。
しかし、ここで大事なことは、IFRSは経営と投資家とのコミュニケーションツールとして機能することになるということです。経営管理の考え方とIFRSは離れていても、経営実態を金融マーケットへしっかりと表現し、マーケットでの会社のプレゼンスを上げていかなくてはならないことはIFRSが適用になっても何ら変わりません。いや従来にも増してマーケットとの対話が重視されるものとなります。そもそも、IFRSはマーケットに軸足を置いたものになっているわけですから、なおさらです。つまり、IFRSを経営管理の手法とかけ離れているからといってひとごとのようにとらえている場合ではないということです。
金融マーケットに自社を正しくアピールしていく道具、それがIFRSそのものです。IFRSは市場のプレゼンスを上げるために大いに活用していくべきなのです。経営者の適正なる主張をマーケットに向けて行う道具、それがIFRSです。IFRSがマネジメント・アプローチあるいは原則主義と言われるゆえんです。金融マーケットとの対話という観点から前向きにIFRSに取り組むべきなのです。
さて、そのような環境下において、会計士のとるべきスタンスは、会社のビジネスを十分に理解した上で教科書的な杓子(しゃくし)定規の判断に陥ることなく、会社がマーケットでしっかりとプレゼンスを発揮できるようにビジネス・パートナーとして会社とともに歩んでいく姿勢ではないでしょうか。
今までもそうであったと同様にこれからも、企業の実態を十分に理解していく姿勢に何ら変わりないわけです。実は、IFRSの時代の到来とともに、会計士に求められるもの、それは今まで以上に、本質を追究する姿勢や会社と双方向でのコミュニケーションを高める力、会社の実態に合った新しい会計の考え方を自ら作り、世界に向けて主張していけるマインド、そして、何よりもIFRSという舶来ものから日本企業を守りサポートしていく気概、そんなものがますます必要になってくると確信しています。会計士、やはり勉強と精進あるのみです。


(なかじま やすはる)
新日本有限責任監査法人
シニアパートナー 公認会計士
監査業務に携わるほか、各方面からの講演依頼が多く、わかりやすい講演と定評がある。
最近の主な講演テーマは、「企業再編の会計実務」「内部統制」「会計を経営に生かす」「企業会計を通しての経営ソリューション」など。
NHK教育テレビ「21世紀ビジネス塾」のコメンテーター、学習院大学経済学部 非常勤講師を務めた。
主要著書:
- 「図解・2000年会計」
(中央経済社刊) - 「図解・会計ビッグバン第2幕2001年の決断」(中央経済社刊)
- 「よくわかる退職給付会計」
(中央経済社刊) - 「図解・会計ビッグウェーブ」
(中央経済社刊) - 「時価・減損会計の知識」
(日本経済新聞社刊) - 「企業再編の会計実務」
(日本経済新聞社刊)

- IFRSの本質と、経営者としてあるべきIFRSへの対応(2010.02.05)
- IFRS前夜:今、経営者は何を考えるべきなのか(2009.11.24)





